大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 平成10年(ワ)587号 判決

原告 A野太郎

〈他1名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 神田雅道

被告 B山松夫

右訴訟代理人弁護士 遠藤義一

被告補助参加人 日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 相原隆

右訴訟代理人弁護士 高崎尚志

右復代理人弁護士 佐藤敏栄

主文

一  被告は、原告らに対し、各金一七三四万七六〇〇円及びこれに対する平成九年八月一三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告及び補助参加人の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、各金三四一七万一四七一円及びこれに対する平成九年八月一三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車が道路壁に衝突した際に死亡した同乗者の父母が、それぞれ運転者に対し、主位的には自賠責法三条に基づき、予備的には民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

原告A野太郎(以下「原告太郎」という。)は、A野一郎(死亡当時満三三歳、以下「一郎」という。)の父、原告A野花子(以下「原告花子」という。)は一郎の母であり、それぞれ二分の一の割合である。

被告は、一郎の職場の同僚であった。

2  交通事故の発生

一郎は、左記交通事故(以下、「本件事故」という。)により、脳挫傷頭蓋底骨折などの傷害を負い、受傷当日死亡した。

(一) 発生日時 平成九年八月一三日午前一時四五分ころ

(二) 発生場所 埼玉県鶴ヶ島市富士見六丁目二番二二号

(三) 事故態様 被告が運転する普通乗用自動車(大宮《省略》、以下「本件車両」という。)が、本件現場付近のスナック「C川」から勤務先(埼玉県坂戸市《番地省略》所在の株式会社D原製作所埼玉事業所)に向けて進行中、本件現場の丁字路を直進して道路壁に激突し、その衝撃により、後部座席にいた一郎は前記傷害を負い、死亡した。

3  被告の責任原因

被告は、本件車両の運行供用者である。

また、被告は、民法七〇九条による責任を負う。

4  本件車両の所有者は、一郎である。

5  一郎の治療費 一〇万二五四〇円

二  争点

1  一郎は自賠責法三条の他人に当たるか

(被告及び被告補助参加人の主張)

被告は本件車両の所有者である一郎の意思に従って同車両を運転していたものであり、さらに一郎は被告の運転を制止または注意を喚起できる立場にあったものであるから、一郎は被告との関係において自賠責法三条の他人に該当するとはいえない。したがって、被告は自賠責法三条に基づく責任を負わない。

(原告らの主張)

一郎は本件車両の所有者ではあるが、事故当時酔いつぶれて寝ており、全く運行に関与していないし、運転の交代ないし排除を求めうる立場にもなかったものであるから、運行支配がなく、他人であるといえる。

2  過失相殺

(被告の主張)

一郎が自賠責法三条の他人に該当する場合であっても、また、被告が民法七〇九条の責任を負うとしても、一郎は被告と共同運行者であること、本件事故発生に相当程度の原因を与えていること(被告らと飲酒するために本件車両を運転して行ったこと、飲酒前又はその途中で、運転代行を頼む、タクシーを手配しておく、同行者に本件車両を置いておくように指示するなどの本件車両の運転を禁止する等の特段の手配を一切していないこと、それにもかかわらず飲酒を控えずに相当量の飲酒をして酩酊したこと、その結果として同僚である被告が運転をして本件事故を生じさせたことなど)から考えると、相当程度の過失相殺をすべきである。

3  治療費を除く原告ら主張の損害額

(一) 葬儀費 一二〇万円

(二) 逸失利益 四一八七万〇四〇二円

5,171,420(平成8年の年収)×16.193(33歳から67歳までのライプニッツ計数)×{1-0.5(生活費控除率)}=41,870,402

(三) 慰謝料 二〇〇〇万円

(四) 弁護士費用 五一七万円

第三争点に対する判断

一  争点1(一郎は自賠責法三条の他人に当たるか)について

1  まず、自賠責法三条の「他人」とは、本来、運行供用者及び運転者以外の者をいうところ、運行供用者が複数いる場合において一部の共同運行供用者が被害を被ったときであっても、その者の運行支配の程度・態様が、他の共同運行供用者の運行支配の程度・態様との比較において、間接的、潜在的、抽象的であるとみられる場合には、当該被害を被った共同運行供用者は、他の共同運行供用者に対して「他人」であることを主張できる(最三小判昭五〇・一一・四など)。

但し、一般に自動車の所有者は、たとえ他の者に運転させているときであっても、自動車に対し強い運行支配を及ぼしていることからすれば、自動車の所有者が右の「他人」に当たるのは、運転中の者が所有者の運転支配に服さず所有者の指示を守らなかった等の特段の事情がある場合に限られるというべきである(最二小判昭五七・一一・二六)。

2  これを本件について検討する。《証拠省略》により、次の事実が認められる。

(一) 被告は、平成元年四月から、株式会社D原製作所に勤務し、同社埼玉事業所には平成八年七月から勤務している。

(二) 同事業所では、同僚間で約月に一回の割合で飲み会が行われており、一郎や被告も参加していた。一郎は酒に強いほうであった。

(三) 平成九年八月一二日、E田の発案で職場の同僚数人で酒を飲みに行こうという話がまとまった。一軒目は埼玉県坂戸市内にある日本料理「B野」で、参加者は九名であった。C山、被告ら五名はD川の運転車両で、二名は一郎の運転する本件車両で、E原ら二名は電車等で参加した。

(四) 一郎、被告らは、右店において午後六時五〇分ころから午後九時三〇分ころまで飲酒を伴う飲食をした。このとき参加者は、各自が生ビールの中ジョッキ一杯を注文した後、焼酎をボトルで頼み、訴外E原を除く八人で焼酎のウーロン割を飲んだ。被告は、右生ビールのほか焼酎のウーロン茶割りを大きめのコップで四杯位を飲酒した。一郎は生ビールの中ジョッキ一杯を飲んだが、その後の飲酒量は不明である。

(五) 午後九時三〇分ころ「B野」を出てから、一郎、被告、D川、E原及びC山の五人が別れ、スナック「C川」に行った。一郎はE原を同乗させ自ら運転して赴き、同スナックの近くの路上に駐車した。被告は、D川運転の車両に同乗して参加した。

(六) 同スナックでは、午後九時五〇分ころから翌一三日午前一時三〇分ころまで飲食した。このとき参加者は、それぞれ焼酎のウーロン茶割りを大きめのコップで二、三杯を飲酒し、カラオケで歌ったりした。一郎は、口調もしどろもどろになり、ふらついたりしていた。

(七) 一郎は、同スナックを出る際、出口付近で、C山とどちらが支払うかにつきやりとりをした後、C山が支払うことになり、歩いて店外へ出た。被告らは、一郎よりも先に店外に出ていて一郎らを待っていたところ、一郎は店外に出て間もなく歩道の段差で転倒した。

(八) 被告は、転倒した一郎に対して呼びかけたが、返事はなかった。一郎は転倒した際に顔を擦りむいていた。被告は、一郎のポケットから鍵を取り出した後、本件車両の駐車場所に行き、本件車両を一郎の転倒していた場所まで移動させた。被告とE原の両名は、一郎を抱きかかえて本件車両の後部座席に乗せ、E原が助手席に乗り、被告が運転席に座った。

(九) 被告らは、一郎が訴外E原宅に泊まる予定であったことから、ひとまず近くにある勤務会社の駐車場に本件車両を移動させることとし、被告は、同所に向けて運転を開始した後、飲酒の影響もあり、考え事をしていて前方不注視となった結果、本件事故を起こし一郎を死に至らしめた。一郎は、同乗中意識のないままであった。

3  これに対し、被告及び補助参加人は、一郎が「C川」の支払の時点ではきちんと立っていたとの被告の供述から、急に倒れるのは不自然であること、一郎は酒に強い方であり、当日は意識を失うほど酒を飲んでいた状況ではなかったことなどから、一郎は意識を失っておらず、意識を失ったふりをしていた可能性があると主張する。

しかし、仮に支払いの時点できちんと立っていたとしても、酒に酔っていた者が急に意識を失うのは希有なことではなく不自然ともいえないし、その日の体調次第で酩酊の度合いが進むことも通常あり得るから、右認定を覆すものではない。

4  次に、被告本人尋問により、一郎は飲酒前又はその途中で、運転代行を頼むとか、タクシーを手配しておくとか、本件自動車の運転を禁止する等の特段の手配を一切していないこと、一郎は過去にも飲酒後本件自動車を運転していること、被告は、当日自己車を会社の駐車場に置き、D川車に同乗して飲みに出かけ、再び同乗して会社へ戻る予定だったのであり、本件車両を運転する予定はなかったこと、被告が一郎は反対しないと思って運転したことが認められる。しかしながら、前記認定のとおり、一郎は酒に強く、本件車両を自分で運転して帰るつもりであったため、運転代行を頼む等の措置をとらなかったものであるといえ、実際スナック「C川」から本件車両まで運転するために歩いているときに躓いて転倒したものであり、その後死亡まで意識がなかったものであるから、被告の本件運行が一郎の指示承諾のもとに行われたものであると認めることはできない。

5  以上のとおりであって、一郎は、被告に対して、本件運行につき何ら承諾や指示を与えていなかったものと認められるから、運転者たる被告は所有者たる一郎の運転支配に全く服していなかったというべきである。

したがって、前記の特段の事情がある場合に当たり、一郎は被告との関係では「他人」に該当するから、被告は一郎に対し生じた損害の賠償をしなければならない。

二  争点2(過失相殺)について

1  前記認定のとおり、一郎は、被告らと飲酒するために自ら運転して飲み会の場所に本件車両を持ち込んでおきながら、飲酒を控えることをせず相当量の飲酒をして意識を失ったものであり、その結果として同僚である被告が、いわば一郎を助けるつもりで本件車両を運転し本件事故を生じさせたものである。

また、一郎は、前記認定のとおり、本件運行につき事前に何ら承諾や指示を与えていなかったものではあるが、一郎において、あくまで本件車両を自己のみが運転して帰ることにつき固執していたかどうかは疑問の余地があり、同人が過去にも飲酒運転をしており、飲酒運転に対しさほどの抵抗感がなかったと推認されることからして、自己が酩酊した際にはともに飲酒した仲間に後事をゆだね、本件車両の運転をしてもらうことを容認していたという可能性もないとはいえない。

以上の事情に加え、被告の本件事故における過失態様の悪質性、重大な事故で一郎が死亡したほか、同乗していたE原にも傷跡が残るような怪我を負わせ、被告自身も骨折し長期の入院治療を余儀なくされるような結果が発生していること、そのほか、本件に現れた一切の諸事情を考慮して、本件事故の発生について、一郎にも五割の責任があるものとするのが相当である。

三  争点3(原告ら主張の損害額)について

1  葬儀費 一二〇万〇〇〇〇円

《証拠省略》によれば、原告らは一郎の葬儀を行い、そのために相当の費用を支出したことが認められる。

右認定に、一郎の年齢、職業等を考慮すると、その葬儀費用は一二〇万円とみるのが相当である。

2  逸失利益 四一八七万〇四〇二円

《証拠省略》によれば、一郎の平成八年の年収は五一七万一四二〇円であることが認められるほか、弁論の全趣旨から、一郎は本件事故に遭わなければ六七歳まで就労可能であったこと、一郎は独身であったことが認められるから、一郎の死亡逸失利益は次のとおり四一八七万〇四〇二円となる。

5,171,420×16.193(33歳から67歳までのライプニッツ計数)×{1-0.5(生活費控除率)}=41,870,402

3  慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円

本件に現れた諸般の事情を考慮すると、一郎の死亡に関する慰謝料は、二〇〇〇万円をもって相当と認める。

4  過失相殺

右1ないし3の損害額合計六三〇七万〇四〇二円につき、前記のとおり五割の過失相殺をすると、三一五三万五二〇一円となる。

5  弁護士費用 三一六万〇〇〇〇円

本件事案の内容、審理経過、認容額等を総合して、本件事故と相当因果関係にあるものとして被告に請求し得べき弁護士費用としては、三一六万円が相当である。

6  相続

原告らは、以上の損害合計額金三四六九万五二〇一円についての損害賠償請求権を、各二分の一の割合の一七三四万七六〇〇円ずつ相続した。

四  以上によれば、原告らの請求は、被告らに対し各金一七三四万七六〇〇円及びこれに対する平成九年八月一三日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 木本洋子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例